那珂川の人
2006年南畑に工房兼ギャラリーを開く。ゆったりと流れる時と四季を感じながら、あなたの生活に優しく、楽しく、元気よく溶け込むようにと願って作陶中。
ホッとしてほしい。
「ここまで来られる⽅って、⼤変な仕事をしている⽅がけっこういらっしゃるんですね。そういう⽅にお茶を出すと、ずーっと外を⾒ながら、ホロッとされたりする。
そのときは知らないふりをして、お茶を飲まれる様⼦をみてるんですけど、そっと『わたし、看護師なんです』って『昨⽇⼀⼈亡くなられて…すいません』って⾔われて。そういうこともありますね」
そう話される廣津美代紀先⽣の成⽵窯は、福岡県那珂川市、南畑地区の⼭の中にある。
「いま川のせせらぎも聞こえるし、⿃もそうですし、蛍も⾶ぶし、春になるとうぐいすも鳴くし。四季を感じられるのがほんとに⼼地いい。その⼼地よさが作品をつくってるときにね、好きなことをやっているのもあって、気持ちいい!って感じますね。
⾃分⾃⾝も素直になれるし。このお⼭の⾃然がやっぱり⼈の⼼には響くし、⼼を出せるんじゃないかなあってね。だからお買い物じゃなくてもいつでもどうぞって気持ちです」
そんな“お⼭”の坂道を登ると、成⽵窯の⾵情あるお庭と建屋が現れる。
お店に⼊ってすぐに感じるのは、あたたかくて、やさしい感じ。器もたくさんの種類があるけれど、そのどれもがやさしい。
「主婦だったら掃除をする合間、お茶で休憩するときに、ホッとしてほしいって思う気持ちがこの丸い器になったんです。ほんとに、こうやって、ちょっと、⼀息ついてほしい」
と⾔って⾒せてくださったのは、⼀番⼈気だという桜⾊の丸い湯呑み。
実をいうと、わが家も狙っている品だ。
⼟のぬくもりが感じられる丸っこい器に両⼿を添えて、ゆっくりとお茶を飲む。
そして、ホッと⼀息。
そんな時間をもってもらえたらという廣津先⽣の器だけれど、つくるにはとてつもない労⼒がかかっている。
「窯焚きってだいたい40時間寝ないんですよね。⼀気にやることで⼒が出るんじゃないかっていうのがあるから、もう休まない。休めない。うふふ」
うふふ、と⾔うが、僕にはとてもできない。
聞けば、かつて廣津先⽣は卓球で実業団に⼊るようなアスリートだったそうだ。
「スポーツをガンガンやってきて、⾃分の中にあるんでしょうね、⼀⽣懸命するっていうのが。ほんとに全⼒疾⾛でやってるんでしょうね、焼き物も」
⼈は追い込まれると険しくなりやすい。不眠不休の現場、強烈なエネルギーを注いでの制作なのに、こんなにもやさしいものができてくるのはなぜなんだろう。
そう尋ねると廣津先⽣は、ご主⼈の話をしてくださった。
「主⼈はやさしい⼈なんです。⼈を傷つけないでいようとしてる⼈。障がいがあって、右⼿が不⾃由なんですけど、私に『俺はどうするんだ』とか『なんであんたは⾃分の好きなことばっかり』とか⼀切⾔わない。思ってもないんだと思う。
やさしい器ねとか⾔われると、決して私はやさしくないんだけれど、主⼈のやさしさを感じて、⾃分もそうありたいと思ってきたからかなあと思いますね」
お店に⼊ったときのやさしい感じは、旦那さんのものでもあったのか。
さらに、まだ素⼈の頃に「本気」で教えてくれた陶芸の師匠、主婦から陶芸家になるという決意を歓迎したお⼦さん、そしてもちろん、ここを訪れるたくさんのお客様。多くの⽅の思いと⽀えが、成⽵窯には流れている。
「最初に建てたときにね、まわりの⼈に『廣津さん、ここでなにをしたいの?』って⾔われたんですよ。こんな⼭の中に⼈来る?って⾔われて。でも、ここまでみんなが応援してくれてるからポシャりたくない。こういう⾔葉がいいのかわかんないけど、ポシャりたくないから⼀⽣懸命やってるんです」
廣津先⽣の⼀⽣懸命には、ここに関わる多くの⼈の「命」も⼊っている。
まるでリレーのバトンを受け取るみたいに。
そうして全⼒疾⾛を続ける廣津先⽣。
ぽろっとこんな話もされていたのが、印象に残っている。
「⾃分が⼀⽣懸命⾛ってるのはそれが⼼地いいからだし、⼟と向かい合っているのが好きだからなんだけど、それでもフッて疲れるときがやっぱりある。だから私はたぶん、⾃分がただただホッとしたい。そういう思いがいまになっているんだと思う」
ホッとしたい。ホッとしてほしい。
インタビュー中、繰り返し現れたこの⾔葉は、なんだか祈りのように聞こえた。
頑張らずにはいられない⼈が、どうか、ホッとできますように。
「⾔葉にするとこれだけなんだけど、実際、そんなきれいごとばかりじゃないんですよね。⼤変なんです。でもやっぱり、捨てたもんじゃないよね、⼈⽣って」
写真と動画: 川嶋 克 インタビューと文: 澤 祐典
インタビューは南畑美術散歩のHPから引用しています。(南畑美術散歩公式HP https://bijutusanpo.tumblr.com)